戦地風景
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中国大陸が共産党に占拠されると、その地理的位置関係から、一つの素朴な漁村であった馬祖は突如、枢要な軍事基地へと転換させられました。島は数十年の長きにわたり封鎖され、1992年になってようやく戦地政務が解除され、翌年から観光地として開放されるようになりました。こうして今日のような独特な戦地風景が形成されたのです。

金門エリアは戦役の洗礼を受けましたが、馬祖エリアは大きな被害を受けることはありませんでした。その分、神秘的なスポットが数多くあります。現在も軍が駐屯している高登と亮島は依然として神秘のベールに包まれており、いまだに一般開放されていません。すでに参観が自由な南竿の北海坑道や北竿の午沙(北海)坑道、安東坑道以外にも、知られざる坑道や歩哨所の砲口などが数多くあります。これらは無数の兵士たちが苦難を乗り越えながら切り開いたもので、血と涙の物語が深く刻み込まれています。

こうした歴史を記念し、北竿大澳山には「戦争和平記念公園」が設けられています。ここでは戦地としての馬祖の歴史を知ることができます。歴史文物や武器などが展示され、ここを訪れた人たちは過去に思いを馳せ、未来へ平和の祈りを捧げています。

戦争和平記念公園
戦争和平記念公園の前身は北竿大沃山で、2003年から建設が始まりました。公園は06、08、12など3つの旧軍事拠点を含み、総面積は約38.8ヘクタールあります。馬祖国家風景区管理処によって企画建設され、最後は08拠点をもって完成しました。台湾で初めての軍事と平和をコンセプトとした戦争記念公園です。広大な敷地面積と壮大な規模を誇り、全国初の戦争公園のひな形となっています。

最終更新: 2017/02/14 13:15
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